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    【扉は開くか 拉致再調査合意1年(中)】 「自分の意志で来たのなら返す」入り口は保衛部幹部の一言

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      2015.5.28 07:00更新

      【扉は開くか 拉致再調査合意1年(中)】



      「自分の意志で来たのなら返す」入り口は保衛部幹部の一言

      「虎穴」に飛び込む



      (1/5ページ)


      http://www.sankei.com/world/news/150528/wor1505280008-n1.html




      協議に向かう北朝鮮の徐大河・特別調査委員長=2014年10月28日、平壌


      2013年12月、中国で開かれた日本と北朝鮮の秘密交渉の席で、北朝鮮当局者は外務省アジア大洋州局幹部を前に、こんな言葉を口にした。

      「自分の意志で共和国(北朝鮮)に来た日本人がいるのなら、帰ればいい」

      日本側にとってこの一言は、ストックホルム合意に至る対北朝鮮交渉の長い道のりの入り口となる重大発言だった。

      日本が注目したのは発言の中身よりも、発言の主である。その人物について、北朝鮮側は交渉前の説明で「外務省の日本担当者」とだけ伝えてきていた。しかし、日本外務省はインテリジェンス(情報の収集・分析)によって得ていたデータと照らし合わせた結果から、その「日本担当者」が北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部」の幹部であると断定した。

      保衛部は、外務省が当初から交渉を熱望していた相手だった。金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の手足として国内のあらゆる情報収集と摘発、粛清などを行う強大な権限を持ち、拉致被害者の情報を管理しているとも伝えられている北朝鮮の重要機関である。


      ■保衛部幹部、02年の日朝首脳会談にも同行

      外務省が交渉相手のターゲットとして重視した理由は、それだけではない。

      金正日(キム・ジョンイル)総書記が日本人拉致を認めた02年の日朝首脳会談にこぎ着けた事前の極秘接触で、当時の田中均外務省アジア大洋州局長が水面下交渉を繰り返した「ミスターX」こと柳敬(リュ・ギョン)氏も、保衛部で副部長を務めていた大物だったからだ。


      13年の日朝秘密交渉に現れた保衛部幹部は、実は02年の首脳会談にも同行していた人物であることも分かっていた。

      この秘密交渉の1年前に政権に返り咲いた安倍晋三首相は、北朝鮮による日本人拉致問題の解決を政権の最優先課題と位置づけた。首相の意を受けた外務省幹部は静かに北朝鮮人脈をたぐり、ようやく保衛部幹部との秘密交渉にたどり着いたのだ。

      自分の意志で北朝鮮に入った日本人を帰す−。日本側は、保衛部幹部から出た言葉を、「拉致被害者の帰国」の可能性を示唆したという文脈でとらえた。

      14年に入っても、ベトナム・ハノイや香港などで数週間に1度のペースで極秘接触は続けられた。その流れは、同年3月に中国・瀋陽で非公式の日朝課長級会議になり、一気に正式な拉致問題をめぐる再調査へとつながっていった。



      ■「詰め甘かった」…「合意」に批判や疑問

      度重なる秘密交渉の末にたどりついた拉致被害者の再調査を含む「ストックホルム合意」から1年を迎える。しかし、拉致被害者帰国という結果はいまだにもたらされておらず、北朝鮮の専門家らから合意の内容をめぐって「詰めが甘かった」との批判も出た。ただ、交渉筋は合意当時、こう評価していた。


      「確かに日本側に何が取れるという確たる担保はない。だが、北朝鮮側にも日本から支援が取れる担保はない。いまは交渉を開始することが最も重要だ」

      北朝鮮による再調査の対象には拉致被害者のほか、行方不明者▽1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨▽先の大戦後に北朝鮮にとどまった残留日本人▽在日朝鮮人の帰国事業で夫らとともに北朝鮮に渡った日本人配偶者−が含まれていた。

      昨年7月に発足した北朝鮮の特別調査委員会の体制には、日朝の認識の違いが鮮明に現れていた。具体的な調査を担当する「分科会」について、日本側は「拉致被害者」の再調査を筆頭にしたが、北朝鮮側は「日本人遺骨」や「残留日本人・日本人配偶者」に次ぐ3番目に位置付けていた。

      政府内では当初から、拉致被害者に関する再調査の実効性に疑問符を付ける高官もいた。



      ■遺骨問題で成功体験…米国などから2800万ドル

      拉致問題以外の人道問題を重視する北朝鮮の姿勢の背景には、2011年12月に死去した金正日総書記生前時の「人道問題で日本世論を誘導し、外貨獲得につなげよ」という内部指示があった。

      北朝鮮は人道問題で過去に、成功体験があった。1953年に休戦した朝鮮戦争に絡む兵士の遺骨収集で米国などと合意。約220柱が送還され、北朝鮮は約2800万ドル(現在のレートで約34億円)を得たとされる。


      ストックホルム合意前にも、北朝鮮は遺骨問題で日本に接近していた。2012年8月に日朝赤十字協議が開かれ、その後、外務省課長級、局長級協議に引き上げられた。同年12月の長距離弾道ミサイル発射で協議は頓挫したが、金総書記の“遺訓”ともいえる対日戦略が立ち消えたわけではなかった。


      遺骨収集を北朝鮮の「金づる」にされないのか。合意には各方面から懸念が示された。



      ■北朝鮮、拉致問題は「ワン・オブ・ゼム」


      批判や疑問の声が上がったストックホルム合意とは、何だったのか。

      昨年5月29日に発表された合意文書で北朝鮮は調査の進め方に言及。再調査の対象とした全ての分野について《包括的かつ全面的に実施する》とした上で《同時並行的に行う》としている。これは、北朝鮮が拉致問題の位置づけについて、全ての分野の「ワン・オブ・ゼム」(多くの中の一つ)とする立場を明確にしたとも読める。

      拉致被害者の帰国に直結する調査と情報の速やかな提供を最優先で求める日本側とはそもそも、明らかな違いがあったのだ。


      日本側も北朝鮮の思惑は織り込み済みだった。日朝交渉筋の一人はこう言う。「調査に遺骨収集や残留日本人を入れたのは、狡猾(こうかつ)な北朝鮮に交渉の余地を与える狙いだった」。つまり、日本側は拉致以外の問題を「誘い水」に、そこから拉致被害者帰国をたぐり寄せる戦術を選んだ。

      日本側は“保険”も確保していた。交渉筋は「情報は官邸が集約した。表正面の外務省とは別ルートが少なくとも1本はあった」と明かす。目的は北朝鮮側の意志確認だった。北朝鮮の狙いを十分に認識しながら、あえて日本は「虎穴」に飛び込んだのである。


       

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