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    家族の思い(41)  夢見る帰国「『これがお前の子だよ』と渡したい」 一人前の息子は「プレゼント」

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      家族の思い(41)

      2015.7.20 06:00更新

      【家族 第4部「拉致」に裂かれて(3)】

      夢見る帰国「『これがお前の子だよ』と渡したい」

      一人前の息子は「プレゼント」


      (1/3ページ)


      http://www.sankei.com/premium/news/150720/prm1507200014-n1.html


      平成16年2月に田口八重子さんの長男であることを公表した飯塚耕一郎さん(右)を心配そうに見つめる繁雄さん(大西正純撮影)


      「そんなの無理、無理。行っちゃだめだよ」。平成14年9月、飯塚栄子(71)は電話で頑強に反対し続けていた。相手は次男の耕一郎(38)。出張先の英国から栄子に電話し、「おれが北朝鮮に行って、連れて帰ってくるよ」と告げたからだ。

      同月17日に日朝首脳会談が開かれ、耕一郎の実母、田口八重子(59)=拉致当時(22)=について「死亡した」という説明があった。

      「やっぱり、お母さんに会いたいんだ」。栄子と耕一郎が改まって八重子のことを話すことはほとんどなかったが、栄子は耕一郎の八重子への思いをひしひしと感じた。栄子の反対もあり、北朝鮮行きを断念したが、日朝首脳会談で突然告げられた「死亡」宣告が、耕一郎を突き動かしていたのだ。

      日朝首脳会談まで救出活動に参加していなかった飯塚家では、最初に八重子の兄で栄子の夫、繁雄(77)が名乗りを上げ、被害者の家族会に入った。その後を追うように、耕一郎も16年2月に八重子の息子であることを明かし、活動に取り組み始めた。

      耕一郎の救出活動への参加には繁雄が反対した。だが、耕一郎の覚悟を知っていた栄子はこう言って、次男の背中を押した。「一緒に活動すればいいよ」



      大きくなる思い

      耕一郎が救出活動に参加するようになって11年。繁雄は6月に77歳になった。現在も家族会の代表として講演や署名活動のため全国各地を飛び回るが、「7、8年前とは違って疲れが顔に出るようになった」と栄子は言う。一昨年と昨年、繁雄のきょうだいが相次いで亡くなった。救出に残された時間の重みは年々増している。

      「拉致問題がなければ、どんな人生を送っていただろう」。経済的にも精神的にも余裕のある暮らしをして、今ごろは夫婦で各地を旅行していたかもしれないと栄子は何度も考えたことがあるという。

      外に出て活動する繁雄と耕一郎とともに、栄子も家庭で、八重子ら被害者救出のための戦いを続けてきた。繁雄は妻をねぎらう。「彼女が当たり前のように耕一郎の世話をしてくれて、状況を理解して救出活動を陰で支えてくれた。だから、私もここまでやってくることができた」

      八重子を取り戻す戦いが長期化した現在、栄子は耕一郎の中で「お母さんへの思いがどんどん大きくなっている」と感じている。その思いを耕一郎が栄子の前で口にすることはなく、今も栄子を「かあちゃん」と言い、「おやじ」と呼ぶ繁雄の体調を気遣う。

      そんな気遣いをうれしく思う半面、「私に注いできた愛情を『お母さん』に注いであげなさい」と告げる日を心待ちにしている。

      それは耕一郎の「お母さん」である八重子が帰国する日。耕一郎が「この人が自分を産んでくれた人なんだ、とニコニコする姿を見たい」と話す。

      空港へは「行かない」

      「子供はあんちゃん(繁雄)たちが見てくれていると思う」。八重子は北朝鮮で一時期生活をともにした元北朝鮮工作員の金賢姫(53)に、そう伝えていたという。21年3月に韓国・釜山で、金と面会した繁雄と耕一郎はその言葉を聞いた。

      栄子は「当たり前のこと」と耕一郎を引き取って育てたが、八重子も「そうしてくれる」と信じていたことがうれしかった。失踪前に、女手一つで2人の子供を育てると言った八重子に「子供たちの世話は私も一緒にみる」と言った栄子の気持ちが、きちんと伝わっていたからだ。

      幸い、耕一郎は道をそれずまっすぐに育った。今ではシステムエンジニアとして、会社で責任ある立場を任されるようにもなった。

      耕一郎を一人前の男に育てたことを栄子は八重子への「プレゼント」だと思っている。繁雄も声をそろえる。「私たちは八重子の家族という“財産”を育ててきた。『これがお前の子だよ』と渡したい」

      八重子の帰国を待ちわびる栄子は「その日で母親としての私はおしまい。『昔のお母さん』でいい」と話す。だが、それは「おしまい」の日ではない。拉致問題によって引き裂かれた親子、きょうだいが新たな家族の時間を紡ぐ「はじまり」の日になるからだ。

      親子と兄妹の対面が実現する日。栄子は空港へ行くつもりはないという。「ぼろぼろ泣いちゃうから」。もう一人の母は少し恥ずかしそうにほほ笑んだ。(敬称・呼称略)



      産経新聞社会部では、家族を取り巻く問題について、読者の方々からご意見や体験を募ります。手紙・はがきは〒100−8077(住所不要)産経新聞社会部「家族」係へ。FAXとメールは「ニュースの窓口」にお寄せください。

       

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