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    「戦後七十年」に関する私的談話

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      「戦後七十年」に関する私的談話

      荒木和博BLOG

      【調査会NEWS1953】(27.8.13) »

      2015年8月13日

       

      「戦後七十年」に関する私的談話

       私も「談話」を作ってみました。この際皆で談話を作って発表するというのはどうでしょうか。


      戦後七十年」に関する私的談話
                   
       明後日、八月十五日は七十年前にポツダム宣言受諾を発表する玉音放送が流された日である。

       降伏文書の調印は九月二日であり、八月十五日を過ぎてからもソ連の南樺太・千島への侵攻は続いている。一方沖縄では六月二十三日に組織的戦闘が終結し、すでに米軍の占領下におかれていた。

       本来の意味で戦争が終結したのはサンフランシスコ講和条約が施行され大部分の国土で占領が解除された昭和二十七年(一九五二)四月二十八日である。さら に言えば、その後米国に安全保障を依存し続けて現在に至っている現状は、ある意味未だ「戦後」に至っていないとも言える。それほど「戦後」という概念は曖 昧なものである。

       この七十年を振り返るとき、東アジアにおいて最も深刻な災禍は共産主義によるものであった。人間の憎しみや妬みに「科学」という偽装を施し正当化するこ の思想によって、中国では大躍進、文化大革命、天安門事件など膨大な人命の損失、文化の破壊がもたらされた。今もチベット・ウイグル・南モンゴルでは民族 の弾圧が行われ、漢族でさえ人権について厳しい制限がなされている。

       北朝鮮の独裁政権もソ連共産党によって打ち立てられ、「冷戦」の中で保護されてきた。昭和二十五年(一九五〇)北朝鮮の南侵にはじまる朝鮮戦争では参戦 国も含め双方で戦闘員・民間人含め四百万人が亡くなったと言われている。そして休戦となった昭和二十八年(一九五三)以降も今日まで、金日成、金正日、金 正恩と代を継いで韓国に対するゲリラ・工作員の浸透、北朝鮮国内における過酷な人権弾圧は続いている。日本人拉致も、戦後残留者の問題も在日朝鮮人北送 (帰国)運動・日本人妻にかかわる問題もすべてこの体制に起因するものである。

       もし、日本が中国国民党との戦いで早期に矛を収めることができていれば共産党は地方政権のままか、あるいは消滅していたたはずであり、中国共産化による 被害の多くは避けられていたろう。それはソ連の南下を抑止し、共産主義のアジアへの浸透を食い止めることに直結し、終戦時の悲劇も、その後の北朝鮮による 拉致や日本人妻の問題も起きていなかったはずだ。さらに東南アジア共産化によるベトナムのボートピープルやカンボジアの虐殺も避けられたかもしれない。そ の意味で、当時アジアの中心的国家として共産主義の阻止という使命を果たし得なかった歴史を忘れてはならない。

       一方、この七十年間の日本は安全保障を外国に依存し、自らの努力を怠りながら左右を問わずその責任を「憲法」に押しつけ、矛盾に目をつぶり、あるいは隠蔽してきた。国家主権の侵害であり国民の人権の侵害である拉致問題はまさにその象徴である。

       本来、外国の国家意思によって奪われた国民の救出が力を背景としたものになることは当然である。しかしわが国は政府も、軍も、そして国民もその覚悟を持 ち得なかった。それどころか理由を法的制約に転嫁し経済的享楽を追い求め、自らの醜悪さに向き合ってこなかった。自らの国民についてさえそうなのだから、 東アジアの平和や人権などについてほとんど省みてこられなかったのは当然である。その意味で、戦後七十年間について私たちは厳しく反省をしなければならな い。

       時計の針を戻すことはできない。また、戦前も含め、時代状況の中で努力した先人の歩みを現在の基準で軽々に論じるべきでもないはずだ。ならば今、日本が、私たちがなすべきことは何だろうか。

       力なき正義は無力。奪われた同胞を取り返し、自らの力で国を守るようにすることは当然である。しかし北朝鮮の体制が変わらなければ拉致被害者すべてを救 出することはできない。また、日本の安全は自国のみで成り立つものではなく、地域の安定が必要不可欠である。東アジアにおいて、さらには世界規模で個人人 格と共同体の自由にして調和的な発展が実現されることこそが私たちの平和と安全を保障することに直結する。

       「戦後七十年」に過去を振り返るとすれば今なすべきは法律や惰性をもって無為を合理化することではない。各自が歴史を糧とし、前に向かってそれぞれの立場で行動することであるはずだ。

       もはや「戦後」ではない。日本は、私たちは何をなしうるのか。それだけが問われている。

         平成二十七年八月十三日

                    荒木和博

       


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