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    《家族の思い・27》

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      《家族の思い・27》


      こんにちは平野です。
      9月3日、安倍政権での内閣改造がありました。
      当選のこと乍ら、拉致担当大臣が誰なのか、注視をしておりました。
      今回はこのままでいくのだろうと思っていましたが、交代されてしまいました。
      再調査の結果を目前にしての交替ですので私達は訳が解かりません。
      山谷えり子大臣を否定するものでは決してありません。かつて山谷えり子氏が参議院で初立候補された時“教科書問題を考える会”の支援団体と一緒に八代市の八代宮前にてマイクを握って、山谷えり子さんへの清き一票をお願いしたこともありました。
      でも、“何で今なの”という気持ちになりました。
      再調査に影響はないと思いますが・・・・。

      古屋圭司先生 今まで本当にありがとうございました。これからも宜しくお願いいたします。
      山谷大臣 より一層、私達と共に拉致被害者を取り戻すためにご尽力下さい。お願いいたします。

      平成26年9月4日

       

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      失踪者3人を追加公開 福岡県警「拉致の可能性」

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        失踪者3人を追加公開 福岡県警「拉致の可能性」

        2014.8.27 18:04

        http://sankei.jp.msn.com/affairs/photos/140827/crm14082718040009-p1.htm




        東修治さん(福岡県警提供)

         福岡県警は27日、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者として新たに3人の男女の情報を県警ホームページに追加公開した。

         東修治さんは神奈川県居住で、24歳だった1987年10月に行方不明となった。

         谷口修也さんは北九州市門司区居住で、47歳だった86年3月、自宅を出たまま不明に。

         戸内スミ子さんは福岡県大牟田市居住で、19歳だった59年1月、自宅を出たまま消息が分からなくなっている。

         県警によると、以前から3人の拉致の可能性を把握しており、日朝間政府協議に絡んで家族や親族にあらためて確認したところ、公開の同意を得たという。県警が公開する失踪者は今回の3人を加え22人となった。


        東さんについては特定失踪者の公開リストに掲載されています。

        http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=135&mode=search3





         

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        中山恭子・元拉致問題担当相  「すぐにでも北に飛んで救出したい」

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           【永田町群像 特別インタビュー】

          中山恭子・元拉致問題担当相

          「すぐにでも北に飛んで救出したい」

          「もう動く時期来ている」



          2014.8.25 05:00 (1/4ページ)


          http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140824/plc14082421180012-n1.htm




          インタビューに答える元拉致担当相の中山恭子参院議員=参院議員会館(寺河内美奈撮影)

          北朝鮮による拉致問題を何とかしたいという熱い思いを持っていらっしゃる安倍晋三首相に、大いに期待しています。その思いは首相が小泉純一郎内閣の官房副長官だった時からよく伝わってきていましたし、私は本当に信頼しているんです。

          けれども、首相の思う通りに、事が運んでいるとは限りません。そういう意味で、北が拉致被害者を含めた日本人全員の再調査に合意したといっても、「やはり懸念すべき材料があるので、十分に気をつけてください」と政府・与野党拉致問題対策機関連絡協議会で申し上げているんです。

          北に対する独自制裁を解除する以上は、金正恩(キムジョンウン)第1書記が拉致被害者全員を解放し、日本に速やかに帰国させる決断を下すように迫ってほしい。解除したのならば、すでにそうした何らかの決断が実際になされた「証し」を日本政府がつかんだのかもしれない、と信じたい。

          そうしたものも何もなくして制裁を解除したのならアンバランスな外交交渉だといえるでしょう。ただ、実際には表に出ていない情報が、北とわが国との間で水面下で交わされている可能性はあるでしょう。それが見えないだけに、日本政府の今回の対応を批判するのは危険だと思っています。



          私は超党派の拉致議連のメンバーとして、政府の動きに邪魔をしない形で支援をしていきたい。目標は拉致被害者を全員、帰国させる。その一点です。

          野党としても国会議員のグループで訪朝し、金氏と直接会い、わが国の主張に耳を傾けてもらい、拉致被害者全員を日本に帰すことが金氏にとってもメリットになると伝えなければいけません。たとえ金氏に謝罪をさせなくても、「拉致被害者全員を帰国させる」との決断をしてもらえさえすれば、それでいい。

          私はそんな北には一番嫌われている。それでも、私や拉致問題に熱心な平沼赳夫・次世代の党党首でも、金正恩第1書記の政権になったことで、北側が受け入れる素地はできてきているのでは、と思っています。私も平沼氏も、すぐにでも北に飛んで全員を救出したいとの思いで、もう準備はできているんです。

          拉致被害者は故郷に帰りたいと思っても、今は北の当局の指示通りにしか絶対にものは言えません。本当に帰りたい人たちが帰ってこられない可能性が非常に高いんです。

          本来なら、再調査で日本人が見つかれば日本の政府関係者がその場に出向いて人定確認を行い、誰であれ直ちに日本に連れて帰ってこられるようにしなければいけません。北の地で、この人は日本に帰るのか、帰らないのか協議するなんてことは、してはいけません。北のペースにはまるからです。




          外務省だけでなく政府全体で北と向き合い、交渉してもらわなければいけません。それが、足りていないところがあるのではないかと心配しています。

          平成20年に福田康夫内閣で同じように北による再調査が話題に上がった時には、政府の拉致対策本部から「被害者の帰国につながらない限りは北と合意してはいけない」ということで動いていました。

          しかし、今回はさほど外務省と拉致対策本部との連携がなされていないのかもしれません。もっと北には強く要求すべきは要求するということが、なされなければいけません。私は内閣に入っていませんが、そんな心配事を政府に文書で渡したり、直接伝えたりしています。最後の1人まで取り戻すまで続けます。

          拉致問題は外交交渉のように、どこか落としどころを考え、「妥協」するものではありません。まさしく拉致事件という犯罪を扱うだけに、警察などの出身のメンバーが主体となり、北との交渉に当たる必要があるのではないでしょうか。

          いかにして「人質」を解放するかというテーマですから、外交交渉だけでは無理なところもあるんです。やはり「オールジャパン」で対応しないといけませんが、そこが欠けているような感じがします。



          首相は最後はもう自分が北に行き、金氏と直接話をしたいと強く思っているはずです。ただ、それが成功する保証はありません。

          小泉純一郎首相(当時)が曽我ひとみさんの夫、ジェンキンスさん一家を日本に連れて帰ろうとした時の話です。当時の金正日(キムジョンイル)総書記から「ジェンキンスさんは日本に行きたくないと言っている」と聞かされた小泉首相は、ならばと、ご自身が説得に入ったのですが、それでもすぐに連れて帰れなかった。そんな経緯もありました。

          ジェンキンスさんは北から「日本に行きたくない」と言わされていたわけですが、一国の首相が被害者の家族のことを思い、あれだけ熱心に「一緒に帰りましょう」と説得を試みるという、通常では考えられないことまで、小泉首相はなさったわけです。

          そうした「限界」が北を直接、相手にしたときにはあるんです。安倍首相が北に行くからにはやはり、周りがしっかりと支えて、きちんとことが運ぶように手はずを整えておかなければいけません。そこでは、たとえ野党であっても果たすべき役割はあると思うし、できることは全てやりたい。もうそう動く時期にきていると思います。

          私なりに動いても、それがわが国としての最終判断とか、最終的な結果になるというわけではありません。政府のお邪魔にならない程度で、お役に立てることがあれば、なんでもやる覚悟でいます。(村上智博)



          なかやま・きょうこ 昭和15年生まれ。東大卒。小泉純一郎内閣で内閣官房参与。第1次安倍内閣で首相補佐官(拉致担当)。福田康夫内閣で拉致問題担当相として初入閣。現在、次世代の党参院会長。参院2期目。中山氏の公式ホームページのURLはhttp://nakayamakyoko.net/

           

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          被害者奪還へ高まる期待 世論喚起、被害者支援…進む環境整備

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            【永田町群像(4)拉致問題】

            被害者奪還へ高まる期待

                世論喚起、被害者支援…進む環境整備



            2014.8.25 05:00 (1/3ページ)[北朝鮮拉致事件]

            http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140824/plc14082421180012-n1.htm



            拉致問題をめぐる主な動き

            北朝鮮による日本人拉致問題の全面解決は、安倍晋三首相の譲ることのできない最重要課題だ。日朝交渉が動き始め、9月上旬にも北朝鮮から拉致被害者らの再調査の報告がある。期待も膨らむが、不安と疑念が消えることはない。そうした中で、自民党は新たな帰国者を想定した被害者支援策の拡充など、首相の「側面支援」に動いている。

            「全部、日本語に翻訳してください」

            7月4日午後の首相官邸。自民党の北朝鮮拉致問題対策本部の山谷えり子本部長が首相にそう提案すると、同席していた岸田文雄外相が「すぐやります」と引き取った。

            山谷氏が日本語訳を要請したのは、拉致を含む北朝鮮の人権侵害行為を「人道に対する罪」と断じた国連調査委員会の報告書だ。公表は2月だったが、英文で372ページもあり、外務省がホームページに載せた日本語訳は拉致問題などに関する一部の記述のみだった。

            「国際的に大きな意義を持つ報告書なのに、日本ではあまり知られていない。読んでもらえれば『拉致問題の解決に向けて各国と連携しなければならない』と思ってもらえるはずだ」

            そう確信する山谷氏は、全文を日本語に訳して公的刊行物にしたり、インターネットで公表したりすれば、日本が拉致問題について国際社会に訴えてきた主張の正当性が理解されると考えた。


            山谷氏と安倍首相の拉致問題をめぐる結びつきは強い。拉致被害者の横田めぐみさんの母、早紀江さんが平成18年に渡米しブッシュ大統領(当時)と面会した際、官房長官だった安倍首相が「早紀江さんとの信頼関係がある山谷氏がそばにいた方がよい」と取り計らい、拉致問題担当の内閣府政務官だった山谷氏を随行させたほどだ。

            山谷氏は、自らの役割を「拉致問題解決に向けた党の態勢をさらに強固にすることと、国民に理解してもらえるよう説明をしていくこと」と解説し、自民党の国会議員と職員に拉致被害者全員の救出を訴える「ブルーリボンバッジ」の着用を呼びかけるなど、安倍政権をサポートしている。

            その山谷氏を支える塚田一郎・同本部事務局長は、拉致被害者に対する支援策拡充に向けて汗を流してきた。拉致被害者支援法が27年3月に期限が切れるのを前に、被害者らの高齢化を踏まえ、日朝協議の今後の進展も想定して新たな支援策を取りまとめた。

            「拉致されてから長い期間がたっているだけに、北朝鮮で家族をもっている被害者のお子さん、場合によってはお孫さんがいることもあり得る。家族が離ればなれにならず、一緒に日本に戻ってこられるようにするには、どういう制度をつくるべきか真剣に考えた」


            塚田氏はそう振り返る。塚田氏はめぐみさんより1歳年上で、拉致された当時通っていた新潟市立寄居中学校の同窓生。「僕にとって拉致問題は人ごとではない」と思い入れは強い。

            一方、一部の野党議員も政府・与党と足並みをそろえる。

            その一人、次世代の党参院会長の中山恭子元拉致問題担当相は「北朝鮮と交渉を続けることがメーンテーマになっていて、北朝鮮に対する強い要求がなされていない」と懸念を示しつつも、「首相の思いをくんで官僚たちが動いているのが見える。期待したい」と固唾をのんで日朝交渉の行方を見守っている。

            ただ、「北朝鮮の指示通りにしかものを言えない被害者の去就を北朝鮮で協議してはいけない」とくぎを刺すことも忘れない。

            北朝鮮が9月上旬にも示す再調査の報告内容によっては、首相の訪朝も視野に入ってくる可能性がある。

            「私はいつでも訪朝する準備はしている。全ては金(キム)正(ジョン)恩(ウン)第1書記に帰国させると決断を迫るためだ」

            そう語り、拉致被害者の帰国を待ち望む中山氏。もっとも、この問題で前のめりになるのは禁物だ。何度となく繰り返された北朝鮮のずさんな調査。今回の再調査でも北朝鮮に足元を見られかねないからだ。

            日本政府は再調査開始に伴い、北朝鮮に対する独自制裁の一部を解除した。しかし、拉致被害者の帰国のメドがたっているわけではない。制裁解除に関し、中山氏はこうも語った。

            「何らかの決断が(北朝鮮によって)実際になされた『証し』を日本政府がつかんだかもしれない、と信じたい…」(村上智博、豊田真由美)

             

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            家族の思い(26) 市川健一さん、増元照明さん

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              家族の思い(26) 市川健一さん、増元照明さん


              【再会の日へ(3)】

              北に死亡宣告された兄と弟、待ちわびて逝った父と母の思い胸に「最後の戦い」

              2014.8.29 15:58 (1/3ページ)

              http://sankei.jp.msn.com/world/news/140829/kor14082915580006-n1.htm



              また間に合わせることができなかった。弟との再会がかなわず、この世を去った父、6年前に亡くなった母の胸中を思うと、悔しさをこらえきれなかった。

              今月6日に営まれた拉致被害者、市川修一さん=拉致当時(23)=の父、平さん=享年(99)=の葬儀・告別式。修一さんの兄、健一さん(69)は声を詰まらせながら、「胸が張り裂けそうです」と心境を明かした。

              昭和53年8月12日に修一さんが拉致されてから30年後の平成20年に母、トミさんが91歳で死去。平さんと同様、人生の3分の1を拉致によって狂わされた。

              息子との再会をただ願い、最期まで命の灯を燃やしていた両親。祭壇に掲げられた平さんの遺影、胸の中のトミさんに向け、健一さんは声を振り絞った。「お父さん、お母さんと一緒に天国で修一の帰りを待っていてください。必ずや良い知らせを届けます」

              両親の思いを受け継ぎ、弟の奪還を改めて誓った健一さんもまた北朝鮮の嘘に何度も翻弄(ほんろう)されながら、生存を信じて救出運動を続けてきた。その気持ちは、北朝鮮によって踏みにじられる。



              ■ ■ ■

              修一さんについて、北朝鮮の説明は「1979(昭和54)年に溺死(できし)した」だった。修一さんは泳げず、日本では海水浴に行ったこともなかった。「死亡確認書」という書類も捏造(ねつぞう)の疑いが強く、遺品もないとされた。信じられるはずがなかった。

              一緒に拉致され、北朝鮮で結婚したとされる増元るみ子さん=同(24)=に関しても同様だった。「1981年8月に心臓まひで死亡した」とされたが、弟の照明さん(58)は「心臓疾患のなかった姉が、20代で突然死するとは思えず、北朝鮮の説明は信じるに値しない」と話す。

              帰国した拉致被害者の証言も北朝鮮のうそを裏付けた。北朝鮮は修一さんとるみ子さんが79年4月に結婚したと説明したが、蓮池祐木子さん(58)は78年秋から79年10月25日まで、るみ子さんと一緒に生活していたと証言した。

              2人について、北朝鮮が「死亡」とした後の生存情報も複数ある。北朝鮮の元工作員、安明進氏は91年ごろまで何度も平壌の金正日政治軍事大学で修一さんを目撃したと証言。北朝鮮の工作機関の幹部だった男性が、韓国の北朝鮮向け短波ラジオ放送局に送った手紙では、修一さんとるみ子さんが96年まで生存していたことが記されていた。


              ■ ■ ■

              修一さんとるみ子さんが拉致されて36年となった今月12日。東京都港区のJR新橋駅前で、照明さんは拉致問題の早期解決を政府に求める署名への協力を呼びかけていた。

              るみ子さんと照明さんの父、正一さんは平成14年9月の日朝首脳会談からちょうど1カ月後に79歳で他界。今は母の信子さんが鹿児島県の実家でるみ子さんの帰国を待ちわびる。

              信子さんもすでに86歳。残された時間を考えると、照明さんの焦りは募る。現在行われている再調査を逃せば、るみ子さんと母との再会のチャンスは再び遠のいてしまう。

              9月上旬にも最初の報告が伝えられる見込みの再調査を照明さんは「最後の戦い」と位置づけている。この署名活動でも「これが最後の戦い、最後の交渉です。家族の命を救出し、人生を取り戻すためにも、負けるわけにはいかないのです」と呼びかけた。雨の中、傘も差さずに署名を訴える姿は今回の再調査にかける強い思いを物語っている。

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              家族の思い(25) 有本明弘さん・嘉代子さん、斉藤文代さん

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                家族の思い(25) 有本明弘さん・嘉代子さん、斉藤文代さん


                【再会の日へ(2)】

                北報告の不審点 「生きているからこそ嘘をつく」


                2014.8.28 14:41 (1/3ページ)

                http://sankei.jp.msn.com/world/news/140828/kor14082814410004-n1.htm


                壇上のスクリーンに映し出された女の子のあどけない顔に、約450人の聴衆の視線が注がれた。「拉致再調査合意」のニュースから2日後の5月31日、神戸市垂水区で開かれた拉致問題を考える市民集会。同市出身の拉致被害者、有本恵子さん=拉致当時(23)=の母親、嘉代子さん(88)は遠い思い出となった写真を見やりながら、決意のこもった口調で結んだ。

                「(北朝鮮が)死亡したと結論付けた恵子ら8人が生きて帰ってこない限り、拉致問題は解決しません」

                強引に引き留めておけばよかったと、今も後悔する。有本さんは家族の猛反対を押し切り、英国・ロンドンに留学。ベビーシッターなどをして生計を立てつつ、語学学校に通っていた1983(昭和58)年に連絡を絶った。

                それから5年がたった昭和63年9月、娘の身を案じ続けていた父、明弘さん(86)と嘉代子さんに意外な形で消息がもたらされた。欧州で失踪した石岡亨(とおる)さん=同(22)=から北海道の実家に送られたエアメールは、有本さんらと一緒に北朝鮮の平壌で暮らしていると伝えていた。

                国交もない国からの思いもよらない便り。政府に真相解明を繰り返し要望したが、事態は硬直化したままさらに14年が過ぎ、2002(平成14)年9月、北朝鮮は日朝首脳会談で娘の「死亡」を通告してきた。




                1985(昭和60)年12月に石岡さんと結婚し、翌年に長女を出産したが、88(同63)年11月、石炭ストーブの事故で一家全員死亡した−。

                嘉代子さんは突然の「訃(ふ)報(ほう)」に打ちひしがれながらも、すぐに疑念が沸いた。「死亡そのものが嘘ではないか」。約1カ月後、政府から北朝鮮が作成した死亡確認書を手渡されると、それは確信に変わった。



                × × ×

                そもそも確認書は、有本さんの生年月日が違っていた。実家に石炭ストーブがあり、扱いに慣れていた石岡さんが事故を起こしたとは考えづらい。遺骨など科学的な物証もなかった。

                「生きているからこそ、嘘をついている」

                「ほころび」はほかにも出てきた。拉致被害者、曽我ひとみさん(55)=平成14年に帰国=の夫、チャールズ・ジェンキンスさん(74)は、「有本さんの子供は北朝鮮の説明とは違う男の子だ」と指摘。被害者支援組織「救う会」は有本さんが少なくとも2001年の時点で生存していた情報を入手している。

                明弘さんは「北朝鮮はこれまで、色々な嘘をついてきた。絶対に生きている。なんとしても生きた姿で返してほしい」と話す。


                × × ×

                石岡さんのエアメールは、有本さんとは別の日本人の生存も伝えていた。欧州で行動をともにしていた熊本市出身の松木薫さん=同(26)=だ。北朝鮮は「1996年8月に高速道路での事故で死亡」と日朝首脳会談で説明したが、出してきた「遺骨」は鑑定で別人と判明。交通事故記録は、死亡者の名前すら未記入でいい加減なものだった。「なんてひどい国なの」。姉の斉藤文代さん(69)は激しく憤った。

                「死亡」を覆す証言はほかにもある。朝鮮労働党元幹部によると、1999年から2003年にかけ、平壌の外貨ショップで松木さんと有本さんに似た男女を複数回目撃したという。

                今年1月、母のスナヨさんが92歳で亡くなった。10年以上に及んだ入院生活では何度も高熱を出し生死の境をさまよいながら、家族が「薫が帰ってくるまで頑張るんだよ」と声をかけると、容体が安定した。

                スナヨさんの葬儀・告別式では、焼香する親族の1人として「松木薫」の名前が読み上げられ、周囲が驚く中、薫さんに代わって斉藤さんが焼香した。「薫は北朝鮮で生きていて、母の葬儀に間に合わなかっただけ」と斉藤さんは薫さんの生存を固く信じている。




                 

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                【再会の日へ(1)北の暗部「知りすぎた被害者」】

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                  横田めぐみさん 「見てはならないもの見た」


                  【再会の日へ(1)北の暗部「知りすぎた被害者」】

                  「死亡の物証」横田めぐみさんに集中 いずれも改竄、捏造の疑い

                  2014.8.27 05:30


                  http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/kor14082705300003-n1.htm

                  日本での拉致被害者救出運動のシンボル的存在となっている横田めぐみさん。機運の沈静化を図るように、これまで北朝鮮が出してきた“物証”はめぐみさんに集中している。

                  北朝鮮が「死亡」と説明した被害者8人のうち7人に関し、平成14年9月の日朝首脳会談後、日本政府調査団に出してきた書類は「死亡確認書」という書類だった。めぐみさんについては、死亡確認書に加え、「患者死亡台帳」や夫だった人物の手紙まであった。

                  いずれも改竄(かいざん)や捏造(ねつぞう)の疑いが強かった。「患者死亡台帳」では、表紙の「患者入退院台帳」の「入退院」という文字を「死亡」と書き換えられていた。

                  「死亡確認書」には、めぐみさんの「死亡日」として「1993(平成5)年3月13日」と記され、めぐみさんの夫だった金英男氏がめぐみさんの両親にあてた手紙でも、「93年、突然病気でめぐみを失った」と書かれていた。

                  だが、帰国した被害者の証言で、めぐみさんが94年まで生存していたことが確認されると、「94年4月」に変更。その後、出してきためぐみさんの“遺骨”もDNA型鑑定で別人のものと判明している。






                   【再会の日へ(1)北の暗部「知りすぎた被害者」】

                  横田めぐみさん 「見てはならないもの見た」

                  2014.8.27 05:30 (1/2ページ)

                  http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/kor14082705300002-n1.htm


                  〔画像1〕 横田めぐみさん

                  中学校の部活動を終え、帰宅途中の昭和52年11月15日、わずか13歳で新潟市から北朝鮮に連れ去られた横田めぐみさん。その状況を、韓国に亡命した元北朝鮮工作員はこう証言した。

                  《(めぐみさんを)北朝鮮につくまで船倉に40時間以上監禁した。「お母さん、お母さん」と叫び、壁などをひっかいたようで指は血だらけでつめがはがれそうになっていたという》

                  北朝鮮に到着しためぐみさんは泣き続けた。そんな姿に、北朝鮮当局者は「朝鮮語を勉強するなら日本に帰してやる」と伝えた。だが、その約束は、当たり前のようにほごにされる。

                  53年8月、暮らしていた招待所に、一人の日本人女性が現れた。めぐみさんと同じく北朝鮮工作員に拉致され、平成14年10月に帰国する曽我ひとみさん(55)だった。

                  新しい2人の生活には、厳しい監視の目がまとわりついた。地村保志さん(59)、富貴恵さん(59)夫妻らを拉致した北朝鮮工作員、辛(シン)光洙(グァンス)容疑者(85)=国外移送目的略取容疑で国際手配=が2人の教育を担当したこともあった。

                  日本語は許されず、夜になって2人きりになると、日本語で会話したことを曽我さんは帰国後に証言している。

                  めぐみさんと曽我さんは何度か離れながら、昭和55年までともに生活。その後、めぐみさんは金淑姫工作員と同居しながら、日本語などの教育を担当。金淑姫工作員と離れた後には、田口八重子さんと生活をともにした。同じ集落には、曽我さんと同じく平成14年10月に帰国した地村さん夫妻と蓮池薫さん(56)、祐木子さん(58)夫妻もいた。

                  田口さんとは昭和61年まで生活。めぐみさんはその後、韓国人拉致被害者、金英男(ヨンナム)氏と結婚し、娘のキム・ウンギョンさん(26)が生まれた。帰国した被害者の証言で、めぐみさんはこの集落に平成6年までいたことが確認されている。

                  めぐみさんについて、北朝鮮は「1994(平成6)年4月に死亡」と説明したが、その後もめぐみさんが生存していたとの情報は後を絶たない。

                  いくつかの情報は、「知りすぎた被害者」の面をくっきりと映し出している。「1995年前後の1〜2年、金正日(ジョンイル)総書記の子供の一人の家庭教師をしていた」という情報は、金総書記の元側近幹部によってもたらされた。

                  新しい別の証言もある。脱北を決意したある男性は2007年1月、朝鮮労働党の工作機関「作戦部」幹部の息子に日本人拉致被害者の情報を求めた際、こういわれたという。「めぐみは特別管理しているので、おれも接近できない」。この言葉を読み解けば、めぐみさんは07年前後に生存していたことになる。

                  別のとき、友人は男性に対し、こうも説明したという。「めぐみは見てはならないものを見ている」。うかがい知れない秘密が帰国をはばむ“壁”になっているのかもしれない。


                   

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                  家族の思い(24)  飯塚繁雄さん

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                    【再会の日へ(1)北の暗部「知りすぎた被害者」】

                    「生きている妹に会いたい」 田口さんの兄、飯塚繁雄さん

                    2014.8.27 06:00

                    http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/kor14082706000004-n1.htm




                    〔画像1〕拉致被害者救出を訴える署名活動を行う飯塚繁雄さん=横浜市中区のJR桜木町駅前(松岡朋枝撮影)



                    「生きている田口八重子に会いたい」。北朝鮮による拉致被害者らの再調査が決まってから、田口八重子さんの兄、飯塚繁雄さん(76)はこう口にするようになった。

                    5月ごろ、田口さんが肝臓の病気で入院しているという情報が寄せられた。田口さんが生存していることを示す情報だが、心が休まることはない。「北朝鮮では満足な治療を受けることもできないだろう」と不安ばかりが募る。

                    両親はすでに他界し、昨年は田口さんの姉、今年5月には兄が相次いで亡くなった。田口さんの健康と帰国を待つ家族の高齢化を考えると、「早く助け出さなければ」と、はやる気持ちを抑えきれなくなる。

                    拉致から36年が経過し、田口さんは8月10日で59歳になった。美人と評判だった22歳の妹の写真をながめ、「いま、どんな顔をしているんだろう」と考える。助け出せない罪悪感からその写真を見つめることすらつらくなったという。

                    今年7月、埼玉県議会で開かれた講演会で、飯塚さんは北朝鮮で救出を待つ田口さんに語りかけるように心境を吐露した。

                    「もう少しだからがんばって」


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                    【再会の日へ(1)北の暗部「知りすぎた被害者」】

                    田口八重子さん 金総書記のパーティーに出席

                    2014.8.27 06:00 (1/2ページ)


                    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140827/crm14082706000001-n1.htm



                    〔画像2〕田口八重子さん


                    「私には子供が2人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、帰してほしい」。昭和53年6月、2人の子供を東京・高田馬場のベビーホテルに預けたまま、拉致された田口八重子さんは北朝鮮に到着直後、そう懇願した。

                    田口さんと53年9月から翌年11月まで一緒に生活した地村富貴恵さんが、田口さんから聞いた話として証言している。

                    ほかの拉致被害者と同じく、2人の生活も厳しい監視の目にさらされていた。日本の歌をカセットに吹き込んだのがばれ、指導員に怒られたり、近くに散歩に出かけたのをとがめられたりしたこともあった。

                    管理された生活の中でも、田口さんは思いつめるように、日本への帰国を考えていた。富貴恵さんに「工作員になってでも日本に戻りたい」と伝えたこともある。工作員になれば、海外で活動できるため、日本に行くチャンスがあるかもしれないと考えたのだろう。

                    だが、工作員になることはできず、皮肉なことに工作員の教育を担当するようになる。富貴恵さんと離れた後、田口さんは56年7月から58年3月まで、金賢姫元工作員と生活をともにしながら、日本語や日本の生活習慣を教えた。金元工作員には「李(リ)恩恵(ウネ)」と名乗っていた。




                    59年からは横田めぐみさんと一緒に生活。同じ集落には富貴恵さんも生活していた。富貴恵さんにはともに拉致された夫の保志さんとの間に子供がおり、田口さんは「子供たちを思い出す」と話し、富貴恵さんの子供をとてもかわいがったという。

                    帰国した被害者の証言によると、田口さんがその集落で生活したのは61年まで。富貴恵さんは別れる前、「違う招待所に行くかもしれない。そこに行ったらもう会えないかもしれない」と田口さんから聞かされたという。

                    北朝鮮の説明では、その年の7月、「軍部隊の車と衝突して死亡」とされた。めぐみさんと同じく、ほかの被害者の目の届かない場所に移った直後の不審な「死亡」だったが、その後も生存しているという情報は複数存在している。

                    田口さんも、テロ実行犯の金賢姫元工作員を直接知っているほかに、金正日総書記の“秘密”にも触れていた。その様子は金元工作員の著書に記されている。

                    金元工作員と一緒に暮らしていた田口さんはあるとき、金総書記の誕生日パーティーに出席したときの様子を打ち明けた。その席では、参加者がわいせつな遊びに興じていたという。

                    その話をした直後、田口さんは、必死で金元工作員に口止めしたという。北朝鮮で神格化されている最高権力者の恥部を垣間見た田口さんもまた、「知りすぎた被害者」だった。

                    北朝鮮は田口さんと金元工作員との関係を否定するため、わざわざこう説明している。《李恩恵という日本人女性はいない》。その一文に田口さんを帰せない北朝鮮の意思がはっきりと表れている。



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                    【再会の日へ(1)北の暗部「知りすぎた被害者」】

                    「結婚」時期に独身… 田口八重子さんめぐる相次ぐ矛盾 「死亡」後に目撃情報聞く

                    2014.8.27 06:00

                    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140827/crm14082706000002-n1.htm


                    〔画像3〕

                    「1986(昭和61)年に死亡した」とされた田口八重子さんに関しても、北朝鮮の説明は矛盾に満ちあふれ、“物証”はいずれも信憑(しんぴょう)性がない。

                    田口さんについて、北朝鮮が出してきた“物証”は「死亡確認書」と交通事故の記録。死亡確認書は別の時期、場所で「死亡した」とされたほかの6人と同じ平壌の病院で発行されていた。北朝鮮はその後、「慌てて作ったもので正確でなかった」と釈明した。事故の記録も氏名が書かれておらず、田口さんの記録とは確認できなかった。

                    事故現場も怪しかった。日本政府の調査団が撮影した現場の写真を見た田口さんの家族は「道幅は狭く、手押し車が通るだけで精いっぱいの道。車同士の事故が起きるはずがない」と話す。北朝鮮の説明にあるトラックや軍部隊の車が通るスペースはなかった。

                    84年10月に原敕晁(ただあき)さん=拉致当時(43)=と結婚したという説明も帰国被害者の証言で、当時独身だったことが分かっている。「死亡した」という時期の後に田口さんを平壌市内で目撃したという情報も帰国被害者が聞いており、「死亡」の情報は信頼性に欠けている。
















                     

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                    「西の空気吸った」金正恩氏に決断促す、拉致問題で古屋担当相 (1)

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                      「西の空気吸った」金正恩氏に決断促す、拉致問題で古屋担当相 (1)

                      Bloomberg 8月28日(木)12時46分配信


                      http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140828-00000034-bloom_st-bus_all


                      8月28日(ブルームバーグ):古屋圭司拉致問題担当相は北朝鮮による拉致問題の調査結果が不十分であれば、日朝関係を改善する最後のチャンスが失われるとの認識を示し、金正恩第1書記に解決への決断を促した。第一次調査結果は「夏の終わりから秋の初め」にかけて日本側に提示される見通し。



                      27日のブルームバーグ・ニュースのインタビューで語った。古屋拉致相は北朝鮮が2002年に、拉致被害者の一部について「未入境」や「死亡」と報告したことを挙げて、「不誠実な対応がもう一度繰り返されるなら、日朝関係を良くしていく最後のチャンスを北朝鮮自ら放棄することになる」と指摘。拉致問題をめぐっては「北朝鮮側にボールがある」と話した。

                      拉致被害者については「生存していることを前提に協議をしている」と明言し、第一次調査結果の報告を前に「あらゆるシミュレーションを考えて準備をしている」と話した。報告内容次第では、北朝鮮に連絡事務所を設置することも検討していることを明らかにした。

                      北朝鮮は先月4日、拉致問題などに関する特別調査委員会を設置。北朝鮮のすべての機関を調査する権限を与えられた、金正恩第1書記の直轄機関だ。拉致被害者については、「入境からの経緯を調査し、確認する」ことで合意している。安倍晋三首相は調査委員会の設置に先立ち、「行動対行動の原則に従って日本が取ってきた一部の制裁を解除する」と表明した。

                      特定失踪者問題調査会の荒木和博代表は、「北朝鮮は拉致被害者の大部分を把握しているから、特別調査委自体にあまり意味はない」と見る。北朝鮮側が今回の交渉を「最終的な解決」と位置付けていることを挙げ、一部を帰国させて「これで全部終わったんだというふうにされるのが一番心配」とも指摘した。



                      支援策

                      政府は5日、官邸で拉致問題対策本部の会合を開き、拉致被害者が新たに帰国した場合を想定した支援策の案をまとめた。帰国後の就職支援や、年金の追納支援などが含まれる。


                      古屋拉致相はインタビューで、拉致に関与したのは故金正日総書記だったことを指摘。息子である正恩氏は「スイスで幼少の頃に生活をしている。西側社会の空気を吸っている」と話し、「金正恩自身が拉致問題を解決するという気持ちを持ってもらうことを期待する」と語った。

                      今後の制裁解除については、「拉致被害者が帰ってくるということがあるならば、日本が独自にかけている制裁を解除していくことはあり得る」と説明。一方で、核やミサイル問題をめぐり国際社会と連携して課した制裁については「日本独自で勝手な行動はできない」として解除に否定的な見方を示した。

                      政策研究大学院大学の道下徳成教授は、拉致問題が部分的にでも解決した場合、日本が北朝鮮に人道援助をする可能性が高いとし、「米国や韓国は、日本の行動が北朝鮮への圧力の効果を低下させるのではないかと懸念している」と指摘。米韓には丁寧に説明していく重要性を訴えた。



                      最後の担当相

                      古屋拉致相は「安倍総理の下で絶対に解決する。私が最後の拉致問題担当大臣になるという覚悟で取り組むと就任の時に言明した」と解決への決意を見せる。現政権では官邸も与党も中央省庁も一体となって拉致問題解決に取り組んでいると説明し、「これは北朝鮮にとって脅威。足元は乱れていない」と話す。

                      首相は来月3日に内閣改造・自民党役員人事を行う予定で、石破茂幹事長の処遇が焦点になっている。その石破氏は25日のラジオ番組で、来年9月に予定されている自民党総裁選への出馬の可能性について、「その時の状況による」と指摘。首相になりたいかと問われ、「ならなければならない時に自分はできませんと言ったら無責任」と話している。

                      古屋拉致相は、石破氏を中心に党内で不協和音が出てきているのではとの質問に、「与党と内閣は一枚岩になって対応していくことが極めて大切」と語った。安倍首相を「拉致問題で一番思いが強い人間」と称賛した。

                      古屋拉致相は衆院8期目の61歳。成蹊高校・大学では安倍首相の1年先輩。卒業後は保険会社勤務を経て、安倍首相の父、晋太郎元外相の秘書も務めた。春、秋の例大祭や8月15日の終戦記念日には靖国神社に参拝する保守系議員の一人。

                      記事に関する記者への問い合わせ先:東京 高橋舞子 ;東京 Isabel Reynolds ,mtakahashi61@bloomberg.net,ireynolds1@bloomberg.net

                      記事についてのエディターへの問い合わせ先:大久保義人 ;Andrew Davis 広川高史, 淡路毅 ,yokubo1@bloomberg.net,abdavis@bloomberg.net

                       

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                      8月9日街頭署名活動のご報告

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                        遅くなりましたが、8月の街頭署名活動のご報告です。
                        今回は458筆の署名と、10,513円の募金をお預かりしました。参加したボランティアは17名でした。

                        今回も平野フミ子さんにご参加いただきました。平野さんは仙台での署名活動に続けてのご参加でした。


                        ▲また入院中の病院を抜け出して参加した辻代表


                        ▲大きな旅行鞄をかかえて駆け付けた平野フミ子さん


                        ▲署名をもらう松本さん


                        ▲署名をもらう平野フミ子さん






                        ▲署名をもらう大学生の斉藤君

                        その他の写真と動画は救う会福岡のfacebookページでご覧いただけます。
                         

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