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    • 2019.09.21 Saturday
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    斉藤文代さんのご挨拶−松木薫 さんの母、スナヨさん告別式

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      救う会全国協議会ニュースから、以下引用します。

      1月15日、熊本市で拉致被害者松木薫さんの母、スナヨさんの葬儀が行われました。斉藤文代さん(松木薫さんの姉)が喪主として以下の挨拶をされましたので、全文を紹介します。

      ■斉藤文代さんのご挨拶−松木薫さんの母、スナヨさん告別式

       本日は、お忙しい中を割いて、母スナヨの葬儀にご参列賜り、誠にありがとうございます。遺族を代表して、一言ご挨拶を申し上げます。

       控えめで奥ゆかしく、いつも父の三歩後ろを歩いていくような母を言葉で表わすのならば、「大和撫子」ではないかと改めて感じております。

       ただひたすらに私たちの幸せを願い、心を尽くしてくれました。

       そんな家族思いな母でしたから、薫と会えない三十四年の日々はどんなに辛く悲しかったことか…。拉致被害者の母親として、今日まで待ち続けた母の胸中に想いを馳せるたびに、言いようのない切なさが胸に込み上げます。

       人生の伴侶である父が他界したのは、薫が戻らなくなってから十年後のことでした。母は父の墓前に良い報告ができるよう、よりいっそう息子の無事を願っていたのではないかと思います。

       やがて母は少しずつ記憶をなくしてしまいましたが、それでも心にあったのは我が子への深い愛情でした。「薫はどこにいるの?」とたずねてくる母の言葉に、何度胸を痛めたか数えきれません。年老いた母を心配させたくない一心で「薫は海の向こうできっと元気にしているよ」と答えたこともありました。

       それからというもの、母はバスを乗り継ぎ、海の見える場所へ足を運ぶようになったのです。私が「迎えに来たよ、一緒に帰ろう」と声を掛けても「もう少しここにいようかな」と答えるのです。その横顔が、目の前に広がる大海原のように、穏やかにも、深い悲しみや苦しみを抱いているかのようにも見えたことは、この先も決して忘れないでしょう。

       北朝鮮が薫の拉致を認めたあの日から、私たちは今でも薫の帰国を信じています。ただ一つ悔やまれるのは、両親が薫と再会を果たせなかったこと、これに尽きます。

       これからは遺族一同、両親に良い知らせを届けられるよう力を合わせて歩みを進めていく所存でございます。

       生前、母を励まし、そして応援してくださいました皆様をはじめ、お世話になりましたすべての皆様へ、深く感謝を申し上げます。できますなら、母亡き今後もこれまで同様、変わらぬお付き合いを賜りますよう宜しくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。

      平成26年1月

      喪主 斉藤文代

      以上

       

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      めぐみさん事件「情報はゴミ箱に捨てられた」

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        【再び、拉致を追う 第10部 明日への提言(中)】


        めぐみさん事件「情報はゴミ箱に捨てられた」
         

        拉致解決3つの提言


         韓国の情報機関、国家安全企画部の幹部は1995(平成7)年初頭、自分のもとに入った情報に耳を疑った。

         「北朝鮮が日本人の女子中学生を拉致している」


          後に横田めぐみさん=拉致当時(13)=と判明する少女に関する情報だった。「拉致実行は77年か78年。少女は双子。バドミントンを所持している」。幹 部は日本の警察庁に非公式に伝えた。だが、日本が動き出した様子はなかった。「情報はゴミ箱に捨てられたと思った」。幹部はこう振り返る。

          平成7年6月。大阪の朝日放送プロデューサーだった石高健次氏はソウルでこの拉致情報を入手した。北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)容疑者 (84)=国外移送目的略取容疑で国際手配=による原敕晁(ただあき)さん=拉致当時(43)=の拉致事件を取材している途中だった。

         石高氏は原さん拉致事件の現場の宮崎県など九州をしらみつぶしに調べたが、少女の情報に行き着けなかった。報道すべきなのか。石高氏は迷ったという。

         

         「世の中は“北朝鮮による拉致”などまったく信用していなかった。少女拉致などと言ったら、(既に報道されていた)他の拉致事件まで否定されるかもしれないと思った」

          北朝鮮による日本人拉致疑惑は昭和55(1980)年、産経新聞が「アベック3組ナゾの蒸発」として初めて報じた。62年の大韓航空機爆破事件では、逮捕 された金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員(51)が拉致被害者の「李恩恵」の存在を証言。63年には、梶山静六国家公安委員長(当時)がアベック3組失踪 を「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と政府として認めた。それでもマスコミなどで大きく取り上げられることはなかった。

         平成8年秋。石高氏は専門誌「現代コリア」誌上に「中学生少女拉致情報」を書いた。これを読んだ同誌元編集長の佐藤勝巳氏が、たまたま訪れた新潟の講演会で紹介した。聴衆の新潟県警の警察官から声が上がった。「それは横田めぐみちゃんだ!」

         めぐみさんの両親は娘の身を案じながら、苦悩の末に、報道の際の実名公表を決断。社会に衝撃を与え、世論が大きく動き出した。

         ◆日本は黄金の猟場

         北朝鮮の故金日成(イルソン)主席は半世紀前、「日本は黄金の猟場だ」と言ったという(金東赫(トンヒョク)著『金日成の秘密教示』)。欲しいものは何でも手に入るという意味だ。

          それを裏付けるような話には事欠かない。国家転覆陰謀罪で今月12日に処刑された張成沢(チャン・ソンテク)前国防副委員長は1991年、「李民」という 偽名で成田から入国、工場見学の名目で全国各地を自由に訪問した。張氏粛清の主導者とされる崔竜海(チェ・リョンヘ)軍総政治局長は90年代に娘を日本に 送り、顔のアザ治療を受けさせている。

         彼らを日本で出迎えて支援するのは在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)だ。その総連に対し、スパイ疑惑で日本の捜査が及びかけたことが一度だけある。

         通称「零余子(むかご)事件」。平成2年5月、警視庁が詐欺容疑で総連最高幹部宅の捜索令状を取った。零余子は山芋などの球状の芽。いずれ大きな山芋にたどりつくと関係者が名を付けた。

         容疑は詐欺だが、本命は最高幹部のスパイ行為。「李恩恵」と呼ばれた田口八重子さん=拉致当時(22)=拉致事件に絡み、「関係する証拠が見つかる可能性もあった」(警視庁OB)。

         ところが、捜索は直前になって突然中止。理由は言及されていない。日朝国交正常化に野心的だった金丸信元自民党副総裁率いる訪朝団出発の直前だった。歴史的、地政学的な因縁を引きずる北朝鮮に対し、日本の無防備な時代は長かった。

         

         ◆世論と圧力と好機

         拉致事件の解決に何が必要なのか。「救う会」の西岡力会長は3つの要件を挙げている。

         「まず世論がなければ動かない。そのことはめぐみさん事件で証明された。世論が動いてはじめて拉致問題が国政の最優先課題になった。そして政府に体制ができた。拉致問題対策本部ができたのは18年、第1次安倍政権だった」

          2番目は「北朝鮮への圧力と国際連帯」。北朝鮮が交渉に出てこざるをえない状況に追い込む必要があるという。14年の小泉純一郎首相(当時)訪朝は、米 ブッシュ政権の「悪の枢軸」発言やイラク戦争開戦前夜の「次は北朝鮮」というムードに対する恐怖が北朝鮮の対日接近を誘った。

         そして3番目は「北朝鮮混乱時に拉致被害者を救う方策だ」。張成沢粛清は、北朝鮮ではいつ何が起きても不思議でないことを世界に知らしめた。

         「事態は動き出したと思っている。チャンスとリスクは半々だ。私たちは、今度こそ勝つ闘いをしなくてはならない」




         


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        スパイを逃した「法の壁」

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          【再び、拉致を追う 第10部 明日への提言(上)2】

           
          スパイを逃した「法の壁」


          2013.12.16 11:05 (1/3ページ)再び、拉致を追う


          http://sankei.jp.msn.com/world/news/131216/kor13121611060004-n1.htm


           昭和60年3月1日早朝、外事警察の捜査員たちは緊張した面持ちで東京都足立区西新井本町のマンション前に立っていた。ここをはじめ十数カ所の家宅捜索が一斉に始まった。


           戦後史に残るスパイ事件「西新井事件」の捜査が本格化した瞬間だった。北朝鮮工作員が身寄りのない日本人男性の戸籍を買い、男性になりすまして十数年にわたって活動していた事件だ。

            この捜索の3年前、捜査の端緒となった情報を警視庁にもたらしたのは韓国情報機関だった。「小住健蔵なる日本人は北朝鮮のスパイだ」。「小住さん」は数年 前から突然、活動が活発になり、免許や旅券を取って会社まで起こしていた。「小住さん」になりすましていたのは朝鮮労働党対外情報調査部の工作員、チェ・ スンチョルだった。

           中肉中背、引き締まった顔付きで目立たない男。40代のチェは用心深く行動していた。内偵を始めた捜査員はあることに気づく。自分たちの他にも複数の組織が追尾している。韓国情報当局、それを警戒する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)、そして謎の日本人だった。

           「調べて驚いた。米CIA(中央情報局)が日本人に作らせた探偵社で30人もの要員を抱えてチェを追っていた」。対北情報捜査の現実がそこにはあった。チェの正体は極東地域の大物工作員だった。

           

           背後に迫る捜査を感知したチェは、58年にマレーシアに出国し、こつぜんと姿を消した。

          「丸腰では戦えない」

            主犯は消えたが、捜査は続いた。警視庁は、会社を引き継いだ在日朝鮮人の男が「土台人」と呼ばれる補助工作員であることを突き止めた。男は深夜のラジオ放 送で北朝鮮の指令を受けていた。だが、日本にスパイ罪はない。捜査員は苦心して会社の登記に虚偽の記載があることをみつけ、公正証書原本不実記載容疑で、 チェがいない中、ようやく家宅捜索に踏み切れた。

           捜査に加わった元公安刑事が言う。「われわれに武器をくれといいたい。日本は各国機関の情報戦の舞台なんです。令状が取れない。だから外国人登録法違反や、公然わいせつ罪まで使ったこともある。はっきり言って、罪状の捏造(ねつぞう)ですよ。これでは戦えない」

            消えてしまったチェは蓮池薫さん(56)、祐木子さん(57)を拉致した実行犯の一人で、日本人拉致に深く関与していた。北朝鮮帰国後は被害者らと頻繁に 会っていたことが、平成14年の小泉純一郎首相(当時)訪朝で帰国した被害者らの証言でようやく判明する。チェが国外移送目的略取容疑で国際手配されたの は、西新井事件の家宅捜索の21年後であった。


          法整備求める声も

           スパイ防止法は昭和60年、中曽根康弘政権当時、自民党から国会に議員立法として提出されたが、世論の反発や党内ハト派からの反対で結局、審議未了のまま廃案となった。

           また、逆に情報を集めて分析する対外情報機関の創設については、小泉政権時に「対外インテリジェンス機関(仮称・対外情報庁)」構想として検討されたが、研究に終わっている。

           この構想の中心人物だった大森義夫・元内閣情報調査室長はこう述べる。

           「法整備、情報機関の創設とも簡単ではないが、日本はまずカウンターインテリジェンス(防諜=敵の諜報活動を防御する)から始めるのが現実的だろう」

           日本では北朝鮮だけでなく、中国、ロシアなどもさまざまな諜報活動を行っている。一方で質の高い情報が上がらなければ、国家が意思決定を誤る事態はいつでも起こり得る。

           拉致被害者の家族からも法整備を訴える声が上がっている。増元るみ子さん=拉致当時(24)=の弟、照明さん(58)はこう訴えている。

            「日本で拉致実行犯の協力者が普通の生活をしていること自体が信じられない。スパイ防止法を成立させ、工作員や協力者を摘発するシステムをつくってほし い。私の姉も私たち家族も人生の長い時間を犠牲にしてきたが、それを無駄にしないために、日本はやることがあると思っている」

                             ◇

           日本は、北朝鮮による拉致をなぜ防げなかったのか。他国からの侵害と悲劇を二度と許さない方策を探る。




           


           


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          「宇出津」36年前の悔恨 「一網打尽できてたら、展開は変わっていたかも」

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            【再び、拉致を追う 第10部 明日への提言(上)1】


             
            「宇出津」36年前の悔恨


             「一網打尽できてたら、展開は変わっていたかも」

             その事件は警察関係者にとって今も悔恨事だ。漆間巌(うるま・いわお)・元警察庁長官は振り返る。



             「あのとき一網打尽にできていたら、日本人拉致事件のその後の展開は変わっていたかもしれない」

             「宇出津(うしつ)事件」。昭和52(1977)年9月19日、石川県の宇出津海岸から、東京・三鷹市役所の警備員だった久米裕(ゆたか)さん=拉致当時(52)=がもうけ話にだまされ、北朝鮮に連れ去られた。

              宇出津周辺は数日前から特別警戒態勢下にあった。「KB情報」と呼ばれる電波が傍受されていたためだ。KBはコリアン・ボートを意味する。その電波は鉄琴 をこすったようなジャックノイズという特殊音を発する。だが、警察は上陸地点を絞れていなかった。現場には人目につかない入り江が無数にあった。

              捜査を急転させたのは、宿泊客の久米さんと在日朝鮮人の男の挙動を不審に思った旅館の女将の通報だった。だが、捜査員が駆けつける前に久米さんは連れ去ら れていた。警察は1人で旅館に残っていた在日朝鮮人の男を外国人登録法違反容疑で逮捕。男は戸籍入手の目的で久米さんを北朝鮮工作員に引き渡したと自供し た。

             拉致に関与した人物が自供した初めての事件となった。

             

            「KB情報」生かせず

             こうした事態になっても国の対応が大きく動くことはなかった。

              「警察にもマスコミにも、北朝鮮が国を挙げて系統的に拉致をしていると断定できた人はいなかった。大変な事件だという問題認識はなかった」。当時を知る捜 査担当者はこう告白する。世間も拉致事件を知らなかった。国民的関心事となったのは、平成9年、横田めぐみさん=同(13)=の事件が明るみに出てから だ。

             それを見透かすように事件は続発した。宇出津の約1カ月後の10月に鳥取県米子市で松本京子さん=同(29)=が、11月には新潟市 でめぐみさんが拉致された。翌年夏には、アベック拉致事件が4件(1件は未遂)連続する。約1年間に、後に政府が拉致と認定する被害者13人が連れ去られ た。

             そのほとんどの事件で捜査当局には、1970年代後半に日本海沿岸でピークとなっていたKB情報が入っていたが、その情報を生かしきれなかった。

             日本の治安捜査には大きな壁がある。他国の諜報活動や敵対的工作活動を直接取り締まるスパイ防止法がなく、容疑者への接近が困難だ。犯人に迫っても令状の罪状を「別件」で見つけなくてはならず、捜索にもなかなか踏み込めない。

             宇出津事件で逮捕した男も逮捕容疑は拉致に直接関係ない外国人登録法違反。自宅からは暗号解読に使う乱数表が見つかったが、「被害者がいない。主犯もいない」として結局、起訴猶予となった。捜査が真相まで伸びることはなかった。

            警察の対応では無理

             日本の警察には他国の国家機関が関与する事件へのトラウマ があるといわれる。昭和48年の金大中事件。日本国内で外国要人が拉致され主権が侵された事件だ。警察は現場から韓国情報機関の関与を示す証拠指紋を採取 したが、当時の田中角栄内閣が朴正煕(パク・チョンヒ)政権と政治決着を行い、捜査を押さえ込まれた警察に大きな挫折感が残った。

             日本はスパイ活動の捜査を警察の外事担当部門などが担っている。これに対し、専門家は、そもそも、一般刑事犯罪と海外の工作機関による特殊犯罪を同じレベルで対応してきたこと自体に無理があると指摘する。

              元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏はこう述べる。「拉致は身代金誘拐ではなく北朝鮮の対南工作のための政治的、軍事的な要素が絡まった高度な情報戦の 一環から起きた犯罪。彼らを動かしているのは工作機関であり、警察の対応では間に合わず専門の防諜機関と対外情報機関が必要だ。その体制を支えるには法的 基盤となるスパイ防止法がいる。主権を侵害する者を取り締まる体制がない日本は、世界でも特異な国だ」



             


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            「全面的拒絶」と北朝鮮 失踪の藤田さん調査に

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              _____________産経新聞__________________


              「全面的拒絶」と北朝鮮 失踪の藤田さん調査に

               
               藤田進さん


               北朝鮮に拉致された可能性のある埼玉県川口市の藤田進さん=失踪当時(19)=の弟隆司さん(55)は17日、国連を通じて求めていた藤田さんに関する調査を北朝鮮側が「でっちあげにすぎず、全面的に拒絶する」と文書で回答していたことを明らかにした。


               隆司さんは同日、内閣府で古屋圭司拉致問題担当相に回答書を手渡し、問題の早期解決を訴えた。古屋担当相は「許し難い。しっかり対応していきたい」と答えた。


               回答書は英文で10月7日付。北朝鮮は「藤田進氏の事案には何ら関係がない。北朝鮮を誹謗中傷するためのばかげたことだ」とした上で「日本人拉致問題は根本的かつ完全に解決した」と主張している。12月11日に国連から隆司さんにメールで送付された。



               


              _____________朝日新聞__________________

              北朝鮮「藤田さん失踪には無関係」 国連調査に回答

              2013年12月15日07時04分


              http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131215-00000006-asahi-soci

                
              朝日新聞デジタル 12月15日(日)7時4分配信

              【田井中雅人】北朝鮮による拉致の可能性が否定できない「特定失踪者」の藤田進さん(不明当時19)=埼玉県川口市=の親族が、国連人権理事会に申し立てていた消息調査について、北朝鮮側が「進さん失踪には無関係。日本の拉致問題は完全に解決済み」と回答していたことがわかった。
               

               進さんの弟隆司さん(55)が、昨年4月に同理事会の強制的失踪作業部会に調査を申し立て、作業部会が今年9月17日付で北朝鮮に照会。回答は、作業部会から今月11日付で隆司さんに文書で届いた。

               作業部会からの文書には「進さんの消息を確定するには、北朝鮮側が示した情報では不十分。引き続き部会の検討事項であり続ける」と記されていた。

               隆司さんは14日、取材に対し「ふざけた回答だ。北朝鮮は全く反省していないどころか、体制維持のために多くの日本人被害者の存在をもみ消そうとしているのかもしれない」と話した。



               


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              朝鮮学校調査報告書の概要 −東京都生活文化局私学部私学行政課−

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                朝鮮学校調査報告書の概要


                東京都生活文化局私学部私学行政課


                ※皆さん是非目を通して下さい。



                http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/shigaku/chosen/gaiyou.pdf

                http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/shigaku/chosen/honbun.pdf



                 

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                拉致問題解決に向けて 〜専門家100人大討論会〜

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                  北朝鮮人権問題啓発週間における政府主催シンポジウム

                  「拉致問題解決に向けて〜専門家100人大討論会〜」を開催します。

                  http://www.rachi.go.jp/jp/topics/2013sinpogaiyou.html

                  概要
                  1.日時・場所等
                     主 催:拉致問題対策本部、法務省
                     日 時:平成25年12月14日(土)14:00〜16:30
                     場 所:都市センターホテル5階 オリオン
                          (東京都千代田区平河町2−4−1)

                  2.内容
                     主 題:「北東アジア情勢と拉致問題」
                     進 行:
                     ○主催挨拶 :古屋拉致問題担当大臣
                     ○家族会挨拶
                     ○討論会
                       時間:約120分
                      テーマ
                      l 金正恩体制の現状と今後
                      l 北朝鮮を巡る関係国の動向
                      l 我が国のとるべき道
                      基調発言者(五十音順)
                      ●伊豆見元 静岡県立大学教授
                      ●古森義久 国際教養大学客員教授
                      ●武貞秀士(韓国)東北アジア国際戦略研究所客員研究員
                      ●西岡 力 東京基督教大学教授(「救う会」会長)
                     ○総括・閉会挨拶

                  3.その他
                  フロア参加者は、招待による北朝鮮問題関連の専門家、研究者、政官関係者、報道関係者を中心に約150名程度を予定。

                  (注)現在シンポジウムの一般聴講者募集は行っておりません。募集を行う場合は、後日、本ホームページにてお知らせします。

                   

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                  北の工作員講師に「日本人のタナカ」 拉致被害者の田中実さんか

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                    北の工作員講師に「日本人のタナカ」


                     拉致被害者の田中実さんか



                    2013.12.13 15:00 (1/2ページ)北朝鮮
                     

                    http://sankei.jp.msn.com/world/news/131213/kor13121315000007-n1.htm


                     北朝鮮・平壌市内の工作員教育機関がある順安招待所で1980年代末から90年代初めにかけ、「タナカ」と名乗る日本人男性が日本語講師として働 き、何度も目撃されていたことが12日、分かった。朝鮮労働党の元工作員、金東植(キム・ドンシク)氏(51)が産経新聞に証言した。

                     金氏は招待所や近くの商店で「タナカ」を数回、見たという。同僚工作員が「タナカ」と約1年間同居して日本語教育を受けたことで、金氏はこの日本人男性を知った。

                     目撃時の「タナカ」は30〜40歳ぐらいで身長は約170センチ、髪はやや長めだったという。日本政府の認定拉致被害者で同姓の田中実さん=拉致当時(28)=に年格好は似ているが、田中実さんの写真を見た金氏は「同一人物かは分からない」としている。

                     金氏は工作機関の対外連絡部に所属し、この招待所で韓国人化教育を受けていた。韓国入りしたあと、自身を教えていた韓国人講師が全員、韓国からの拉致被害者だったことを写真などから確認した。

                     このため金氏は「『タナカ』も日本からの拉致被害者だと思う」と話しているが、仮名の可能性もある。男性は妻帯者で「妻も日本人と聞いた」という。

                     日本政府は順安招待所の「タナカ」に関する情報をすでに把握している。

                     

                     「タナカ」が順安招待所にいつまでいたかは不明だが、80〜90年代、同招待所に出入りしていた工作員仲間の間では「日本人のタナカ」はよく知られた存在だったようだ。

                     順安招待所には拉致被害者の蓮池祐木子さん(57)と増元るみ子さん=拉致当時(24)=が79年に一時期、住んでいた。このため、他にも日本人拉致被害者が住んでいるのでは、とみられていた。

                     金東植氏は拉致被害者の支援組織「救う会」が13日に開く国際セミナーに出席するため来日した。

                    【用語解説】田中実さん拉致事件

                      田中実さん=当時(28)=は昭和53年6月6日、当時の勤務先だったラーメン店の元男性店主(73)から海外旅行に誘われ、成田空港からオーストリア・ ウィーンに向け出国し、行方が分からなくなった。日本国内で非公然の工作活動を続けていた在日朝鮮人組織「洛東江」元メンバーだった張龍雲氏(故人)が平 成8年、田中さんが北朝鮮に拉致されていたことを証言。その後の捜査で田中さんの行き先が北朝鮮だったという証言が得られ、平成17年4月、拉致被害者と して認定された。




                     


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                    有本恵子さんの両親、拉致被害者らのパネル展示を見学

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                      有本恵子さんの両親、拉致被害者らのパネル展示を見学 神戸

                      2013.12.13 08:13
                      拉致被害者らの顔写真が並ぶ写真展を見学し娘の有本恵子さんの写真を見つめる父の明弘さん(右)と母の嘉代子さん=12日午後0時39分、神戸市中央区の兵庫県警本部(頼光和弘撮影)


                       神戸市中央区の兵庫県警本部別館7階などで開かれている、北朝鮮の拉致被害者たちを紹介するコーナーに、有本恵子さん=拉致当時(23)=の父、明弘さん(85)と母、嘉代子さん(87)が見学に訪れた。


                       パネル展示は16日まで、別館7階と本館1階で開かれており、県出身の拉致被害者の有本さんと田中実さん=同(28)=のほか、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者28人の顔写真や失踪の経緯を紹介している。


                       有本さんの両親は、案内の県警の担当者に質問するなどしながらパネルを眺めた。嘉代子さんは「娘は来年1月で54歳になる。どんな暮らしをしているのか。これほど多くの人が連れ去られたことを認識してもらい、1日も早く取り戻してほしい」と話した。
                       


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                      漁船沈没4人不明は拉致  札幌地検に家族告発

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                        2013年12月12日
                         

                        漁船沈没4人不明は拉致


                         札幌地検に家族告発


                         1967年に北海道雄武町沖で漁船「圭運丸」が沈没し、乗組員4人が行方不明となったのは北朝鮮による拉致の疑いがあるとして、家族が被疑者不詳の国外 移送目的略取・誘拐容疑で12日、札幌地検に刑事告発した。札幌地検は中身を精査し、受理するかどうか決める。  圭運丸は67年11月、雄武町の港を出た後に沈没し、紙谷慶五郎さん=当時(55)=と息子3人が不明となった。告発状では「被告発人は国内外の協力者 と共謀して4人を誘拐し、北朝鮮に移送した」としている。  <写真は、行方不明になっている家族の写真を手に記者会見する告発人の北越優子さん(中央)ら=12日午前、札幌市中央区>


                        漁船沈没4人不明は拉致  札幌地検に家族告発

                         

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